東京高等裁判所 平成11年(行ケ)349号 判決 2000年11月20日
原告
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
同
【C】
被告
特許庁長官【D】
指定代理人
【E】
同
【F】
同
【G】
同
【H】
主文
特許庁が平成11年審判第39003号事件について平成11年8月19日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成6年10月12日、名称を「ズボン等のウエスト伸縮構造」とする発明(以下「本件発明」という。)につき特許出願をし(特願平6-246201号)、平成8年11月7日、登録を受けた(特許第2578079号)。原告は、平成11年1月12日、上記出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の訂正(以下「本件訂正」という。)を求める審判を請求し、特許庁は、この請求を平成11年審判第39003号事件として審理した結果、同年8月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月25日、原告に送達された。
2 本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】及び【請求項2】の記載
(1) 本件訂正前のもの
【請求項1】ウエスト部分にポケットを備えたズボン等のウエスト伸縮構造であって、
一端が前記ポケットの上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位に連結され、他端がポケットの下側の布地に連結された弾性材を備え、
この弾性材と前記上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位との少なくとも表側を、前記下側の布地によって被覆したことを特徴とするズボン等のウエスト伸縮構造。
【請求項2】ウエスト部分にポケットを備えたズボン等のウエスト伸縮構造であって、
一端が前記ポケットの下側の布地におけるポケットの奥端部位に連結され、他端がポケットの上側の布地に連結された第一の弾性材と、一端が前記ポケットの上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位に連結され、他端がポケットの下側の布地に連結された第二の弾性材とを備え、
前記第一の弾性材と前記下側の布地におけるポケットの奥端部位との少なくとも表側を、前記上側の布地によって被覆し、且つ、前記第二の弾性材と前記上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位との少なくとも表側を、前記下側の布地によって被覆したことを特徴とするズボン等のウエスト伸縮構造。
(2) 本件訂正に係るもの(訂正は、下線を付した部分である。)
【請求項1】ウエスト部分にポケットを備えたズボン等のウエスト伸縮構造であって、
一端が前記ポケットの上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位に連結され、他端がポケットの下側の布地に連結された弾性材及び前記弾性材の最大伸びを抑制する伸び止め材を備え、
前記弾性材及び前記伸び止め材と前記上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位との少なくとも表側を、前記下側の布地によって被覆したことを特徴とするズボン等のウエスト伸縮構造。
【請求項2】ウエスト部分にポケットを備えたズボン等のウエスト伸縮構造であって、
一端が前記ポケットの下側の布地におけるポケットの奥端部位に連結され、他端がポケットの上側の布地に連結された第一の弾性材と、一端が前記ポケットの上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位に連結され、他端がポケットの下側の布地に連結された第二の弾性材と、前記弾性材の最大伸びを抑制する伸び止め材とを備え、
前記伸び止め材を含み、前記第一の弾性材と前記下側の布地におけるポケットの奥端部位との少なくとも表側を、前記上側の布地によって被覆し、且つ、前記第二の弾性材と前記上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位との少なくとも表側を、前記下側の布地によって被覆したことを特徴とするズボン等のウエスト伸縮構造。
3 審決の理由
審決の理由は、別添審決書写し記載のとおり、本件訂正が、特許法126条1項ただし書各号に掲げる事項のいずれをも目的としていないというものである。
第3原告主張の審決取消事由
審決は、本件訂正が特許法126条1項ただし書1号所定の特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるのに、その判断を誤った(取消事由)ものであるから、取り消されるべきである。詳細は、以下のとおりである。
1 審決は、「上記訂正事項[1][2]は、請求項1及び請求項2(注、上記第2の2(1))に、上記『構成イ』(注、弾性材の最大伸びを抑制する伸び止め材)を付加するものであるが、この構成イは、訂正前の特許請求の範囲に記載された事項のいずれかを上位概念から下位概念へ変更するものとは認められず、限定的に記載したものとも認められない。構成イは『弾性材の最大伸びを抑制する』という新たな課題を解決するために採用される構成に相当するものと認められ、新たな構成を追加することになるものである。したがって、上記訂正事項は特許請求の範囲に記載された技術的事項を変更するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものとは認められない。」(審決書15頁15行目~16頁9行目)と判断したが、誤りである。
2 また、審決は、本件訂正前の本件明細書(甲第2号証、以下「訂正前明細書」という。)の【0006】の記載から、「訂正前の請求項1・・・の具体的な課題は、・・・ウエスト部を必要に応じて『伸ばす』ことができるようにすることと解され、そこには、『伸ばす』こととは逆の概念である『伸びを止める(伸びを抑制する)』という課題まで包含されているとは認められない。したがって、当該訂正が『デザイン的にも良好』というきわめて大きな課題の範囲内に属するものではあっても、『具体的な課題』において同一の範囲内のものとはいえない。」(審決書16頁13行目~17頁6行目)と判断している。
しかしながら、訂正前明細書(甲第2号証)では、【0004】で従来技術として弾性材によってウエスト部を伸縮させるウエスト伸縮構造の存在を認めており、また、着用者のウエストの寸法に応じてウエスト部を伸縮させることができるばかりでなく、デザイン的にも良好なズボン等のウエスト伸縮構造を簡単な構造によって提供することは本件発明の課題であるから、請求項1及び請求項2に上記構成イ(以下、単に「構成イ」という。)を付加する本件訂正は、着用者のウエストの寸法に応じてウエスト部を伸縮させ、デザイン的にも良好、かつ、簡単な構造を同時に提供するという上記課題に沿うものである。そして、弾性材を必要に応じて伸ばすことは、同時に、弾性材により同一の縮める力を受けることとなり、伸ばす力と縮める力の均衡によって伸びを止める(伸びを抑制する)ものである。よって、上記審決の判断は誤りである。
3 確かに、本件訂正の訂正事項は、文言的には構成イを付加するものであるが、「弾性材」のもつ伸縮自在な性状に伸びの制限を付すという、いわば数値限定的要素の付加である。訂正前明細書の特許請求の範囲の請求項1は、「この弾性材と前記上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位との少なくとも表側を、前記下側の布地によって被覆したこと」を必須の構成要件としており、弾性材の変化が最大のときには当該被服から弾性材が露出する可能性があり、露出すれば見栄えの低下につながる。そこで、構成イの付加により、弾性材の伸びに制限を付し、見栄えの低下を防止するものである。
4 訂正前明細書の実施例(【0016】~【0032】)に記載された、縫製に使用する「ゴムによって形成された弾性材」は、一般に「平ゴム」等と呼称され、糸状に形成した合成ゴム材料を植物繊維糸、化学繊維糸、混紡糸等で被覆し編み込んだものが普通に使用されている。したがって、実施例に記載された「弾性材」の伸びの限界は、編み込んだ植物繊維糸又は化学繊維糸、混紡糸等で決定されるものである。例えば、【0016】の「下側の布地11によって被覆されているため、弾性材32等が露呈することはなく、見栄えが良くなる」との記載は、「弾性材32」の上記植物繊維糸、化学繊維糸、混紡糸等で決定される伸びの限界が、下側の布地11によって被覆される範囲内にあることを記載したものである。【0017】及び【0018】の記載も同様である。
そうすると、【0035】では、所定の伸びの限界を有する弾性材について、上記植物繊維糸、化学繊維糸、混紡糸等の有していた機能を、積極的に、最大伸びを制限するための必要な要件として、「伸び止め材」として明確に記載したものにすぎない。したがって、本件発明の「伸び止め材」に関する【0035】記載の実施例は、本件発明と課題を共通にし、かつ、同一の構成及び作用効果を奏するものであり、本件発明の実施例であるということができる。
5 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1(以下「請求項1」という。)の発明は、「ウエスト部分にポケットを備えたズボン等のウエスト伸縮構造であって」との構成を受けて、「一端が前記ポケットの上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位に連結され、他端がポケットの下側の布地に連結された弾性材を備え」(この構成を、以下「構成B1」という。)「この弾性材と前記上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位との少なくとも表側を、前記下側の布地によって被覆した」(この構成を、以下「構成C1」という。)構成を採用したものであって、構成B1及び構成C1の「弾性材」がウエスト部分にポケットを備えたズボン等のウエスト伸縮構造の縫製に使用されることを前提としたものである。特に、ズボン等のウエスト伸縮構造に使用される当該「弾性材」について、【0016】に「下側の布地11によって被覆されているため、弾性材32等が露呈することはなく、見栄えが良くなる。」との作用が記載されており、請求項1の構成B1及び構成C1の「弾性材」は、最大伸びを抑制するという機能を具有するものであるから、請求項1の発明における「弾性材」は、「最大伸びを抑制する伸び止め材」を有する実施例も当然に包含するものである。
6 このように、構成イの付加は、本件発明の「着用者のウエストの寸法に応じてウエスト部を伸縮させることができるばかりでなく、デザイン的にも良好なズボン等のウエスト伸縮構造を、簡単な構造によって提供することである。」という課題の範囲内で実施例として記載されていた「伸び止め材」を請求項1に係る発明の構成要件として限定するものである。
第4被告の反論
1 請求項1の発明は、ウエスト部分にポケットを備えたズボン等において、「弾性材」を備えたものであって、構成B1及び構成C1からなる「ウエスト伸縮構造」であると解される。したがって、請求項1には、「弾性材」「ポケットの上側の布地」及び「ポケットの下側の布地」以外の部材については、構成要素として記載されていない。また、請求項2の発明は、第一及び第二の2種類の弾性材を有するものであるけれども、構成要素として新たな部材が加えられているものではない。本件明細書における請求項1及び請求項2の発明についての説明も、上記構成に対応して記載されている。すなわち、本件明細書の【課題を解決するための手段】の欄(【0007】~【0009】)には、発明ごとに、対応する請求項に記載された上記構成が各発明の採用した手段として記載され、【発明の作用】の欄(【0010】~【0018】)にも、各請求項に記載された上記構成に基づく作用が、各発明の作用として説明されている。実施例についても、【0024】~【0027】に請求項1の発明の実施例が図1~3を示しつつ説明され、【0028】には、請求項2の発明の実施例が図4、5を示しつつ記載されている。【0033】【0034】については、上側及び下側の布地、弾性材の形状並びに素材の変更例を示したものであるから、実施例の一部を記載したものである。
2 ところが、【0035】に記載される「伸び止め材」については、請求項1及び請求項2の発明を構成する各構成要素のいずれかを技術的に具体化したものとはいえない。上記伸び止め材は、弾性材の最大伸びを制限するために新たに付加される部材であり、伸び止め材を連結することは、「最大伸びを抑制」するという新たな課題を解決するために採用される手段である。また、【0034】には、「弾性材31、32は、ゴムに限らず、例えば弾性に優れた合成樹脂や織布等であっても良い。」と記載があるのに対し、【0035】では、「弾性に劣る材料から形成された伸び止め材40の両端を、弾性材31、32・・・に連結する」と記載され、弾性材と伸び止め材とはその素材の性質を全く異にするのであり、伸縮性材料である弾性材の伸縮性には、伸ばすこととは逆の概念である伸びを止めるという概念が当然に含まれるものでもなく、伸び止め材が弾性材を技術的に具体化したものともいえない。しかも、【発明の効果】の欄(【0042】【0043】)には、伸び止め材が奏する直接の効果については触れられておらず、「最大伸びを抑制することができる」という新たな効果が発明の効果として認識されていたとはいえない。そうすると、【0035】の記載は、伸び止め材を連結すると都合が良い旨を説明するものではあるが、新たな構成を付加したものについて記載されているのであって、本件発明の実施例を記載したものではない。
3 原告は、【0016】の記載について、弾性材の植物繊維糸、化学繊維糸、混紡糸等で決定される伸びの限界が下側の布地によって被覆される範囲内にあることを記載したものである旨主張する。しかしながら、弾性材の伸びが下側の布地によって被覆されている範囲を越えて許容される場合には、当然、弾性材は布地によって被覆された箇所からはみ出し、表に露呈されることになる。また、弾性材であっても、その伸びに限界があることは当然であるが、そのことが直ちに伸び止め機能を有することにつながるものではない。通常使用される弾性材が平ゴム及び植物繊維糸、化学繊維糸、混紡糸等から構成されるものであったとしても、弾性材は、それらの構成要素をすべて備えた構造から成るものを称しているのであって、平ゴムのみを弾性材とするものではなく、弾性材自身が伸び止め材としての機能を内在していたと解することはできない。
4 伸ばすことに対する反作用としての締める力は、あくまで反作用なのであって、「伸び」を積極的に止めることを意味するものではない。弾性材がその伸びに対して弾性限界の範囲内で反作用を受けること自体は当然のことにすぎない。【0035】及び図9に記載された伸び止め材の作用である「伸びを止める」ことは、弾性材が「伸ばす」力を受けた場合に生じるような単なる反作用ではなく、積極的に伸びを抑制するものである。弾性材を伸ばす際に受ける反作用を、積極的に伸びを抑制することと同一視することができるものではない。【0035】の伸び止め材は「最大伸びを抑制する」という新たな課題のもとに採用され、その伸び止めの作用によって、その課題を解決するものと解すべきである。
5 原告は、構成イの付加は数値限定的要素を付加するものである旨主張するが、【0034】の記載に照らすと、弾性材が有する伸縮自在な性状は、何らかの作用が働かない限り伸びが制限されることがないのであり、伸びの制限が弾性材の性状として当然に含まれることはない。すなわち、本件明細書における弾性材の概念に【0034】に例示された素材及び形状のものは包含されるが、伸び止め材を連結した状態のものまでは包含されないことは、【0035】において伸び止め材を弾性材とは明確に区別可能な別部材として記載していることからも明らかである。弾性材の伸びの上限を制限するためには、伸び止め材を付加するという新たな技術的手段を採る必要があり、そのような場合まで、弾性材のもつ性状を単に数値限定したものということはできない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由(特許法126条1項ただし書1号該当性の判断の誤り)について
(1) 審決は、訂正前明細書(甲第2号証)の【0006】の記載について、「ウエスト部を必要に応じて『伸ばす』ことができるようにすることと解され、そこには、『伸ばす』こととは逆の概念である『伸びを止める(伸びを抑制する)』という課題まで包含されているとは認められない。」(審決書16頁17行目~17頁2行目)と判断したが、「伸ばす」ことと逆の概念は「縮める」であって、「伸びを止める(伸びを抑制する)」ことではない。また、【0006】には、「本各発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、着用者のウエストの寸法に応じてウエスト部を伸縮させることができるばかりでなく、デザイン的にも良好なズボン等のウエスト伸縮構造を、簡単な構造によって提供することである。」と記載されているから、「伸びを止める(伸びを抑制する)」という課題は、ここに包含されているというべきである。
(2) また、【0005】には、「【発明が解決しようとする課題】ところが、このような従来のズボン等のウエスト伸縮構造にあっては、着用者のウエストの寸法に応じてズボン等のウエスト部を伸縮させることができ、着用に際して快適性を十分に確保することができるものの、ウエスト部の横側等に備えられた弾性材が露呈して見栄えが悪く、また、弾性材が縮んだ状態では、弾性材の下側の布地にシワが生じて美感を損ね、デザイン的に良好なものではなかった。」と記載され、従来技術において、弾性材の両端がズボンの生地と縫製結合されていて弾性材の下側に布地が存在するから、弾性材はズボンの生地又は裏地によって最大伸びが制限されていると認められる。したがって、従来技術においても、弾性材の伸びを抑制する構造が既に具備され、伸びを抑制するという課題が従来のウエスト伸縮構造に含まれていたというべきである。
(3) さらに、ズボン等のウエスト伸縮構造において、弾性材は、布地に縫い付けられ、糸状に形成した合成ゴム材料を植物繊維糸、化学繊維糸、混紡糸等で被覆し編み込んだ平ゴム等と呼ばれるものであり、糸の長さがゴムの伸びを抑制するから、弾性材自身、伸び止め材としての機能を内在させるものである。被告は、そのような弾性材であっても、本件のウエスト伸縮構造において弾性材の伸びが「下側の布地によって被覆されている範囲」を越える範囲まで許容される場合には、当然、弾性材は布地によって被覆された箇所からはみ出し、表に露呈されることになると主張する。しかしながら、訂正前明細書の請求項1は、「この弾性材と前記上側の布地におけるポケットの入口部分から延出する部位との少なくとも表側を、前記下側の布地によって被覆したことを特徴とするズボン等のウエスト伸縮構造」という、弾性材を隠す構成を採るものであるから、弾性材が布地によって被覆された箇所からはみ出すような、美感をそこねる状態を避けることは、本件発明におけるズボン等のウエスト伸縮構造の課題として包含されているというべきである。
(4) ところで、訂正前明細書(甲第2号証)には、以下の各記載がある。
「【0024】まず、請求項1の発明に係るズボン等のウェスト伸縮構造の実施例を説明する。図2に示すように・・・【0028】次に、請求項2の発明に係るズボン等のウエスト伸縮構造の実施例を説明する。図4に示すように・・・【0033】以上、本各実施例においては、上側の布地12の上端部にウエスト部20を構成する上側のウエスト布地12aを縫い着けて、全体としてポケット10の上側の布地を構成する上側の布地12とし、下側の布地11の上端部にウエスト部20を構成する下側のウエスト布地11aを縫い着けて、全体としてポケット10の下側の布地を構成する下側の布地11とした例を示したが、ウエスト部20を含む上側の布地12または下側の布地11を、適宜一枚の布地から形成してもよい。【0034】また、弾性材31、32は、ゴムに限らず、例えば弾性に優れた合成樹脂や織布等であっても良い。さらに、弾性材31、32の形状としては、下側のウエスト布地11aや上側のウエスト布地12aの幅と略同一寸法のものを採用した例を示したが、これに限らず、例えば、図6に示すような細幅なもの、図7に示すような細幅なものをクロスさせたもの、或は図8に示すような細幅なものを並設させたもの等、布地の材質やポケット10の深さ等の種々の要因によって適宜変更してもよい。【0035】また、例えば図9に示すように、弾性に劣る材料から形成された伸び止め材40の両端を、弾性材31、32が縮むとたるんだ状態となるように弾性材31、32に連結すると、弾性材31、32の最大伸びを抑制することができ都合がよい。」
以上の記載によれば、【0034】【0035】に記載された「弾性材31、32」は、【0024】~【0032】に記載された弾性材であり、【0034】【0035】の記載は、【0024】~【0032】に実施例として記載した弾性材について共通する事項をさらに補足説明するものと認められるから、【0034】【0035】に記載された事項は、本件発明の実施例としてのものというべきである。そうすると、訂正前明細書の請求項1及び請求項2に構成イを付加することは、【0035】に実施例として記載されていた伸び止め材を特許請求の範囲に付加し、そのズボン等のウエスト伸縮構造を限定するものであって、特許請求の範囲を減縮するものである。
(5) 被告は、本件訂正に係る伸び止め材が弾性材を技術的に具体化したものとはいえず、【0035】の記載は本件発明の実施例についてのものではないと主張するが、前示のとおり、【0035】は実施例についての記載であるというべきである。訂正前明細書の請求項1の発明は、ズボン等のウエスト伸縮構造であり、弾性材はその一構成要素であるから、ウエスト伸縮構造としての限度を越えた弾性材の伸びが予定されていないことは当然である。
また、被告は、【0035】及び図9に示される「伸び止め材」は、「弾性材」の最大伸びを制限するために新たに付加される部材であり、伸び止め材を連結することは、最大伸びを抑制するという新たな課題を解決するために採用される手段というべきであると主張するが、前示のとおり、本件訂正前の請求項1及び請求項2の発明の構成にも、「デザイン的にも良好なズボン等のウエスト伸縮構造」という本件発明の目的にも、弾性材の伸びを止めるという課題が含まれているというべきである。本件明細書においては、弾性材は隠されるべきものであって、これが表れる程に伸ばされた状態は、ポケット及びズボンの形が崩れた無理な着用となるから、弾性材の伸び止めを発明の目的や効果として具体的に記載せずに、その当たり前の防止策を実施例として【0035】に記載したものということができる。
(6) 審決は、「構成イは、訂正前の特許請求の範囲に記載された事項のいずれかを上位概念から下位概念へ変更するものとは認められず、限定的に記載したものとも認められない。」(審決書15頁17行目~16頁1行目)と判断し、被告も、構成イが本件訂正前の請求項1の各構成要素のいずれかを技術的に具体化したものとはいえないと主張するが、特許請求の範囲の訂正が構成の付加である場合において、付加された構成に対応する上位概念が訂正前の明細書の特許請求の範囲に常に直接記載されていることが必要であるとはいえない。本件訂正は、ズボン等のウエスト伸縮構造に用いられる弾性材自身に内在する伸びの限界という機能について、積極的に、最大伸びを制限する伸び止め材という構成として明確にしたものにすぎないから、伸び止め材の上位概念が訂正前明細書の特許請求の範囲に記載されていないことは、本件訂正が特許請求の範囲の減縮に当たるということの妨げとはならない。
2 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由があり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は取消しを免れない。
よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 長沢幸男 裁判官 宮坂昌利)